
永代供養受付中
千手観音菩薩と地蔵菩薩の御守護のもと、
ご先祖様を心を込めて永代にわたりお祀りいたします。
住職挨拶
皆様には平素よりお健やかにお
過ごしのことと拝察申し上げます。
私はブラジルにて生を受けました。
約九十年前、
私の祖父母は大きな志と希望を胸に、
日本を発ち、
遠くブラジルの地へと渡りました。
言葉も文化も異なるその地において、
幾多の困難を乗り越えながら命をつなぎ、
その歩みの先に、今の私がございます。
その流れの中で育った私が、
再び日本の地に戻り、
仏の道へと導かれたことに、
深いご縁と不思議を感じずに
はいられません。


2015年に来日し、
日本での生活を始める中で、
私が初めて仏教に触れるきっかけとなったのは、
一匹の小さな命との
別れでした。
大切にしていたハムスター
「リュウチャン」
の葬儀を通して、
初めて仏教の教えに触れ、
その場で感じた静けさと深い慈悲の心は、
今でも私の中に鮮明に残っております。
その出会いは
一瞬にして私の心を打ち、
人生の向かうべき道を
明らかにするものでした。
仏教に触れてから三ヶ月足らずで出家得度し、
岡山県・洞松寺専門僧堂
にて安居修行に
入りました。
出雲・萬福寺にて出家得度、
十楽寺にて法戦式を経て、
松江・常榮寺住職
吉長義親老師のもとで
法を嗣ぎ、
今日に至っております。
その後、
上乘寺にて修行と勤めを
重ね、
令和七年六月より住職を
拝命いたしました。

この長い歴史と深い信仰に
支えられてきた道場に身を置き、
日々修行できることは、
私にとって何よりの喜びであり、
同時に大きな責任でもあります。
先人たちが守り伝えてきた
仏法の灯を、
これから先へと確かに
繋いでいくことを、
自らの務めと受け止めております。

私が願うのは、
このお寺が単なる
場所ではなく、
「仏法を実践する生きた寺」
として、
誰にとっても開かれた
存在であり続けることです。
坐禅の実践は、
特別な人のための
ものではありません。
日々の生活の中で迷い、
悩み、立ち止まるすべての
人にとっての道であります。
静かに坐る中で、
自らの心と向き合い、
本来の自己に立ち返る。
そのような機会を、
この上乘寺において大切に
育んでまいります。
私が願うのは、
このお寺が単なる場所ではなく、
「仏法を実践する生きた寺」として、
誰にとっても開かれた
存在であり続けることです。
坐禅の実践は、
特別な人のためのものではありません。
日々の生活の中で迷い、
悩み、立ち止まるすべての
人にとっての道であります。
静かに坐る中で、
自らの心と向き合い、
本来の自己に立ち返る。
そのような機会を、
この上乘寺において大切に
育んでまいります。
また、
ご祈祷の修行にも力を
注いでおります。
祈りとは、
自己の願いに
とどまるものではなく、
仏様と一体となり、
すべてのいのちの安寧を
願う行であります。
一つひとつのご
祈祷に心を尽くし、
あらゆる存在の平安と
幸福のために
修してまいります。

当山の檀家の皆様は、
温かく思いやりに
満ちた方々ばかりであり、
互いに支え合う大きな
家族のような存在でございます。
日々の護持運営においても
多大なるお力添えをいただき、
この道場が保たれております。
ご先祖様への供養は、
過去を敬うだけでなく、
今を生きる私たち自身の心を整え、
未来へとつなぐ大切な
営みであります。
その功徳を回向し続けることで、
安らぎと調和が広
がっていくことを願い、
日々努めております。
檀家の皆様によるご尽力により、
このお寺は大切に守られ、
仏法の実践の場としての
姿を保ち続けています。
ここが、
仏法僧に帰依する拠り所であり、
静寂の中で自らを見つめる場であり、
心の安らぎを見出す場所で
あり続けるよう、
これからも精進してまいります。
どうぞお気軽にお立ち寄りください。
坐禅の体験、
ご祈祷のご相談、
あるいは一服のお茶でも
結構でございます。
皆様とこの場を
分かち合えるご縁を、
心よりお待ち申し上げております。
結びに、
皆様のご健勝とご多幸を
衷心よりお祈り申し上げます。

天徳山 上乘寺
住職
石元幸栄 合掌
